今回は二冊まとめて紹介します。まず「イスラム国の正体」ですが、最低限のいわゆるイスラム国(ISIS,ISIL)問題の基礎知識が欲しい人には有益です。200円の電子書籍で内容は分量的には少ないです。ただ、逆に最低限の知識をさくっとほしい時にはよいでしょう。アマゾンの電子書籍ですが、別にkindleを持っていなくてもアプリを入れれば読めます。
>>「イスラム国」の正体 なぜ、空爆が効かないのか Wedgeセレクション No.37(kindle本)
上の本でも要点は分かりますが、もう少し詳しく知りたい人は「イスラム国の衝撃」もおすすめです。新書らしく、予備知識のない初心者向けに基礎知識を解説してくれています。何も知らない状態から最初に読むのに最適です。もう少し詳しく追いたい場合は、この本の参考文献などから広げていけば便利でしょう。実は「イスラム国をどう思いますか?」と聞かれて知識がないので困ったことがあったので今回読んだわけですが、もっと速い時期に読んでおくべきだったと思っています。要するに予備知識がない人の最初の一冊によい本ということです。
なお、 いわゆるイスラム国という名前の集団が実効支配している地域は、西暦2015年1月時点ではイラク北部とシリアの一部です。そもそも中東が紛争多発の不安定地域になっている原因の中で大きなものは、欧米列強の植民地統治の後始末が今ひとつだったからで、もうひとつは地政学的要因によるものです。古代からさかのぼってイラク周辺の地域の政治体制の変化を見てみるとなかなかにすごいものがあります。
古代バビロニア王国→ アケメネス朝ペルシャ帝国 → アレキサンダー大王の帝国→(中略)→ササン朝ペルシャ (シリアは東ローマ帝国)
イスラム帝国(ムハンマドの時代 7世紀 日本は聖徳太子や推古天皇の時代とほぼ重なる)
→ウマイヤ朝(日本は奈良時代。天智天武などの時代。西洋はカール大帝などの時代)
→アッバース朝(アラビアンナイトなイメージ。日本は平安京できたくらいの時期と重なる)→モンゴル帝国(日本は鎌倉時代)→中略→セルジュークトルコ→中略→ティムール(日本は室町時代)→サファヴィー朝
→オスマントルコ(日本は江戸時代) →英仏の支配 → 近現代
日本史とのだいたいの対応は字が小さいですが、下記の動画も参考になります。
近現代以降はさっきのイスラーム国の衝撃 (文春新書)を読むと
8 中東秩序の行方
分水嶺としてのイスラーム国
一九一九年 第一次世界大戦後の中東秩序の形成
一九五二年 ナセルのクーデタと民族主義
一九七九年 イラン革命とイスラーム主義
一九九一年 湾岸戦争と米国覇権
二〇〇一年 9・11事件と対テロ戦争
二〇一一年 「アラブの春」とイスラーム国の伸張
イスラーム国は今後広がるか
遠隔地での呼応と国家分裂の連鎖
米国覇権の希薄化
地域大国の影響力
と整理されて解説されているので便利です。
あの地域が現在不安定になっている歴史的要因の一つは、第一次大戦(1914)後の英仏による統治が今一つだったことです。アフリカやアラブ地域の国境線は不自然に直線になっているものがおおいですが、あれは欧米列強の植民地支配の負の遺産と呼ぶべきものです。なのでサイクスピコ協定(英仏が第一次大戦の時期に行った中東統治の取り決め)の打破というISISの掲げる理念は、現地では一定の説得力を持つわけです。
話をいわゆるイスラム国(以下ISILもしくはISISと呼びます)に戻すと、従来型の軍隊や政府のような組織ではなく、アメーバ型の組織をとっているのが特長です。つまりどこにも中心がない、理念だけあって、タテのつながりは基本的にない集団、あちこちで自発的に行動を起こした人達があとから連携している集団、というようなイメージです。
中心がない組織なので、どこかに司令塔があるわけではなく、同じ旗をかかげる連中があちこちで勝手に色んなコトをやっている状態なのだということです。だから、米軍を中心とする多国籍軍が散発的に軍事介入をして空爆してもあまり効果が無いわけです。
仮に本気でこうしたアメーバ型の運動を潰したければ、相手の運動の大義、相手の運動がイスラム世界で一定の支持を集められる構造そのものを変えていかなくてはいけません。それは実体のないものなので、武力攻撃だけではなく、心理戦・プロパガンダ戦の世界になってきます。
ISIL(イスラム国)は、兵士を全世界から募集しており、15,000人の外国人兵士がISILの兵士として戦っているとも言われています。彼らがなぜ、全世界から兵士を募集することができるのかというと、「イスラムの教え」という共通言語があるというだけでなく、非常に優れた広報戦略を行っているからです。
簡単に言うと「ISILの兵士になるのは崇高でカッコイイ」というハイクオリティな動画を作ってばらまいたりしているわけです。
こうなると正面切って銃を打ち合うというよりは、広報戦という発想が重要になってきます。「 テロ集団を無力化する」という視点からいうと、「ISISの兵士になるのはダサイ」というメッセージが拡散していけばいいわけです。
例えば、自爆攻撃というのは、日本でいう特攻隊のような「崇高な使命感」なしにできるものではありません。人間には生きる本能というものがあるので、自発的でない自殺攻撃というのは不可能です。その使命感を崩壊させる路線で広報戦を行うのが、テロ事件の再発防止としては有効な方法です。
ここで意外にもクリティカルな反撃をしたのはCIAではなく、日本の自然発生的なネット世論でした。
2015年1月、日本人がISIS(ISIL)に拉致殺害されるという事件が公になります。
これに対して日本のネット世論は「ISIS(ISIL)を風刺したネタ動画やネタ画像」を大量にインターネット上にばらまくという反応に打って出ました。
詳しくは #ISISクソコラ などと検索してみてください。(クリックでgoogle画像検索へ)
このネット世論というのもアメーバ型で、中心も何もない全く組織的でない行動です。
アメーバ型の運動の特長として、あちこちで匿名の個人が好き勝手なことをやっているだけなので、コントロールが全くきかないという点があります。逆に言うと、一人や二人が殺されたところで、全く運動全体に影響が無いのです。
外国人を誘拐しての身代金ビジネスなど、劇場型のテロを行う集団にとって、非常に困る攻撃は心理面での広報的な攻撃です。その点では、日本のネット世論は日本人を誘拐殺害したテロ集団への対応として有益な反撃を選択したことになります。
日本は憲法9条と日米安保体制の制約で「まともな軍事力を持っていないので外交交渉力が非常に低い」ということはよく指摘されます。また、首都近郊に米軍基地がデカデカとあること自体、日本の米国への立場の弱さを象徴していると言う事が出来ます。神奈川県の横須賀基地などを見れば分かりますが、米軍基地の広大な敷地や住宅に比べ、自衛隊(JAPANESE ARMY)の基地や日本の住宅のミニサイズなこと、両国の間に家畜と人間くらいの格差があるという現実をそのまま象徴しています。
ただ、武器を使えなくても匿名の集団が暴力に反撃する方法があることを示したという点で、「 #ISISクソコラ 」というネット世論の運動は、さりげなく重要な先例を世界史に刻んだと言う事が出来ます。
印度独立運動を主導したガンジーの「非暴力・不服従」の独立運動にも匹敵する、世界史の大きな一歩と100年後の歴史書には記録されるかもしれません。
「平和ボケしたバカの、誘拐された人質への配慮を欠いたカスな行動」と切り捨てているだけの人も多いようですが、その批判で終わってしまうと、広報戦という目に見えない世界の重要さを見落としてしまう危険があります。
>>(参考元) イスラム国(ISIS)に対するツイッター利用者の攻撃と海外からの評価
http://blogos.com/article/104194/
「アメーバ組織のテロにはアメーバ組織の風刺攻撃」という反応が何のリーダーシップもなしに自然発生的に行われてしまうあたり、日本人はなんだかんだいってすまじい底力をもっていると思います。