遊郭を舞台にした作品は定期的に流行りますが、子どもに遊郭や遊女について聞かれたらどうしようと思ってる人もいるかもしれません。これは難しい話ですので、前提知識として何が必要なのかを難しくまとめてました。
遊郭?苦の世界?
遊女は貧困で身売りされて生まれるという場合がわりとあったので、貧困という社会の闇が強調されがちなことがあります。古い表現だと遊女になることをさして「苦界に身を沈める」といった表現をすることもあります。
ただ、「単にお話のイメージに比べて、実際は悲惨な場所だったんだ」とだけ言うと、歴史的には嘘になります。遊郭は文化の発信地であり、遊女は現代のタレントのような憧れの存在でもあったからです。実際に「美しさの発信地」でもあったということです。だから、現代のフィクションでも「カッコヨサ」のある場として描かれることが多いのです。
また、春を売るということ自体を断罪するのはとてもキリスト教的な発想であって人類史に普遍的な発想ではありません。キリスト教的な倫理のみで「売春=悪」とするのは「一方的な断罪」ですので公正な視点とは言えません。
では、遊女を語るうえで伝えるべき基礎的な知識は何だろう?
と考えた時に、まずは思い付いた順でさらっと書き出してみました。そしたらとても量が多くなったので、少し順番を整理してみました。以下は箇条書き的に続けます。
1.基礎知識「恋愛史」
昔の日本では、もともとセクシャルな仕事=悪とされるものでもなかったこと
盆踊りは出合い系ダンス大会だったみたいな研究もあり、セックスというものへのイメージそのものが江戸以前と明治以降でだいぶ違うこと
古事記という神話からして「エロス的なものは人前に出すべきものではない」という発想がないこと
一方で聖書という神話では「見ただけで罪だ」レベルで性的なものを低く扱う傾向があること
キリスト教的な「精神的な愛は神聖で素晴らしいロマンだ」みたいな恋愛ストーリーがハリウッド映画などで全世界に拡散した結果、あれが好きな人が増えたこと
中世ヨーロッパ以降、欧米では「精神的な恋愛は神聖」みたいな意見が生まれてそれが広まったこと
(これを逆から言うと、肉体的に色んな人と寝る人はケガレみたいな発想になる)
2.基礎知識「日本史」
遊郭には貧困的な悲惨さがあったこと
昔は遊郭に限らず「人がポンポン死ぬ世界だった」ということ(幼児の死亡率は非常に高かった)
一方で、遊郭は文化の発信地で遊女は女神様(アイドル)でもあったこと
古典的な仏教経典にも遊女に修行者が宗教的な教えを受けるものもあること(華厳経の善財童子の話)
遊女は時に仏様として描かれることさえあったこと(能楽「江口」など)
3.基礎知識「近代史」
近代になると、売春自体を悪とする道徳の英国と米国というキリスト教圏の強国が覇権国家になり、自分たちの宗教や道徳を全世界におしつける活動をマジでやりはじめたこと
特に米国は「俺の正義は全人類の正義」を本気でPRしてくるというお国柄であること (ただし、実際には米国でも売春は存在している(多くの州では非合法として存在しているが、州により合法)
主張する理想と実態の違いはどの国にもあること。例えば米国は「自由と平等」という理想をうたっていても、人種差別をはじめ色んな暗部があること
1945年以降、日本に駐留している米軍も米軍兵士の性犯罪がしばしば問題になってきていたこと
明治以降の日本では「独自路線を守れVS欧米の真似が正義」という所で大きく意見が分かれたこと(「ハンバーガーを食べて金髪になろう派 VS 味噌汁飲んで黒髪でいよう派」の対立が明治以降の日本にはあること)
4「人間社会に対する考え方」
法律が道徳的にも正しい場合もあればそうではない場合もあること
社会のルールは移り変わりが非常に激しいものであること
テレビもTwitterも書籍も雑誌も、別に正しいことばかり流れているわけではないこと
世の中には話が通じない人がいること
話が通じない人と対話をすることは義務ではないこと
対話をする気がそもそもない人と対話するのはムダであること
「バカっていうやつがバカなんだ」みたいな「あいつらはケガレだっていうやつがケガレてるんだ」という考え方
誰かにとってのケガレたものは、誰かにとっての神聖なものであること
世の中には「エロを連想させる話があるというだけで、無条件に怒る」という性質の人達がいること
異教徒と正義を共有できないのが当然であるという一種のあきらめが重要なことがあること
自分の正義を隣人に押し付けることは悪ではないというおせっかい心が大事なことがあること
自分の道徳心だけで他人を裁くのではなく、多様な正義を理解する寛容さが必要なこと
まとめ
簡単に書き出してみただけでもこれくらいの伝えるべきことはあるので、遊女について一言でコメント出してと言われても非常に難しいテーマではあります。特に1つの言葉には1つのイメージしかつけたくない、というタイプの人には面倒な話題だと思います。地獄だけど極楽、極楽だけど地獄、みたいな世界だからです。
子供にこの手のテーマを本当に教育するなら、とりあえず親としてはサピエンス全史でも何回か読んで、人類社会の歴史についての全体的な知識をつけることが近道かもしれません。